前回の続きです。
試作品をとりあえず店長に確認してもらうため、そのお店まで持って行って実際の現場で見た感じの印象で判断してもらう。お店は同じ建物の別のフロアにあるので、直接持って行くことが可能だが、通常は時間の関係で見に来てもらったり、場合によっては画面上での確認であったりする。だが、今回のデザインでは、色の好みの問題もあり、これが間違いないということを説得するためにお店に直接持って行って、お店の照明で、また看板用のデザインはイメージ写真に合成した上でしっかり自分でプレゼンしに行った。
その結果、黒の色については特に問題なく感じたようだが、周辺の紫色については「食欲が湧かない」と言われてしまった。紫が食欲が湧かないかといえば一概にそうは言えない。紫芋などは紫だが、食べるし、秋らしい色でもある。だが、依頼者の好みははっきり言って”それが全て”である。正しいデザインなどはなく、依頼者の望むものを制作する必要性がある。そこは認めざるを得ない場合が業務上多い。
しかしもっと大事なことがその先にある。それは依頼者の先にいるのは、お店に来るお客さんで、一般消費者である。お客さんのその料理の注文が増えること=依頼者の満足=デザイナーの満足、であるはずなので、実際は依頼者が全てではない。なのに、そのことは制作中は作ることに夢中でそんなことは忘れがちであり、完成してみると違うものができていたり、または依頼者に見せるとき忘れがちであり、プレゼンの仕方を誤ったりする。
今回、自分の作ったものにそんなに不安はなかった。完成段階では自分のコンセプト通りのものを完成させた。しかし、コミュニケーションエラーはあった。すなわち黒が好みでないということは把握していたので、「黒が料理を映えさせる」という答えを用意していた。この時、店長はしっかりその言葉を受け止めたとみえ、復唱さえしていた。ある程度説得力があったということだろう。ところが紫が好みでないというデータがなかったので、「紫はいまいち」と言われた時に、自分が途端に不安になって言葉を失ってしまったのだ。作品に自信があるにも関わらず、予想外のことに対処し切れなかった。自分の中では紫に意味を持たせていたにも関わらず…である。
もしこの時、正しく説得できていたら、事はスムーズに進んだかも知れない。だが、依頼者もこちらの不安を悟ったのか、「もう一声」ということで修正を求められた。そのまま、仕事は終電ギリギリまで続き、タイムリミット直前にもう一度色々見てもらい、結果的にもとのデザインからほとんど変更のないもので、時間切れを理由としてGOサインをもらった。
昨日、久々にお店を訪ね、店長から声をかけていただいた。今回担当したメニューの売り上げが好調だ、ということだった。笑顔でそう言ってもらえた。自信はあったものの、内心不安だったのでホッとした。
今回、売り上げという答えがはっきり出たことで、デザインは間違っていなかったのにコミュニケーションのエラーによってまわり道をした印象を強く受けた。依頼者は「どのようなものが欲しい」というものを暗黙的に頭に描いている。しかし依頼する際は「任せるので良い感じにやって欲しい」と言われる。実際は、こちらの描く良いものと相手の欲しいものとは100%一致しないので、すりあわせ作業が必要になる。ところが、売り上げに結びつくものと、こちらの描く良いものは一致する場合がある。
これは、店舗→消費者、というように店舗は自分のことなので、店舗を客観視できない場合があるからである。デザイナーはそれを客観視して把握し、デザインとしてアウトプットする仕事をする。店舗→デザイナー→消費者というように仲介者として入ることで、店舗の料理という素材をデザイナーのフィルターを通して伝えることが本来業務なのだ。もちろん、依頼者は長年店舗に携わっているので、依頼者しか持たない情報やノウハウも数多く存在する。だが、その長年のノウハウのために見えなくなっていることが沢山あり、「依頼者は往々にして誤る」という点を念頭に置かなければならない。そしてこちらは専門家である。言うなれば医者と同じであり、信頼がなければ患者は不安になって市販の薬または別の医者に頼るのであり、こちらは自信がなくとも自信があるように振る舞うことを忘れてはいけない。